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メモ帳

某社会科教員です

新しいものを受け入れる

NHK BSの「国際報道」は録画して必ず観るようにしている。そこで、先週は、AIがもたらす「第4次産業革命」について、二人のゲストを呼んで議論していた。

おもしろかったのは、どちらかというとニュース番組のゲストは、予定調和なことを言って終わるが、ゲストの一人の厚切りジェイソンさん(だったと思う)が、割とラディカルな主張をしていた点だ。

どちらかというと、キャスターも、番組自体も、第4次産業革命については、不安・懸念を示すネガティブな紹介の仕方であったが、それに対して厚切りジェイソンさんは、第4次産業革命は「薔薇色」だと主張する。その主張の裏側には、ポジティブに考えることが、ポジティブな結果を生み出すという彼の信念があるようだ。

たとえば、AIが職を奪うのでは、という問題について、厚切りさんは、職を奪われるという発想がポジティブな可能性を遮断していることを指摘する。逆に発想すれば、今までの仕事をAIに任せられることで、新しい価値あることに力を注ぐことができる、と主張する。

AI搭載のロボット兵器が、きちんと判断できるかという点に懸念があるか、という話についても、むしろAIに判断させるということで、事前に冷静に対応を考えることができる、と厚切りさんは主張している。

私は厚切りさんの発想に賛成するかな。というか、技術の導入を、たとえば不安や懸念から抑制することなんて、どう考えてもできない。新しい技術の導入による発展を望むことは誰も止められない。利益を生むとわかっているものを導入しない経営者がいるだろうか。私たちは、こうした技術の導入を不可避のものとして、新しい価値とは何で、何ができるのかに考えを集中させるべきである。

ところで、ヒトラーは、あえて技術の導入(重機の使用)を行わずに、労働者を多く雇うことで、深刻な不況から脱却したという説明がされる。もちろん、そんなに単純な話でもないだろうし、それ以上詳しくは知らないのだけど、これはどう評価されているのだろうか。あえて技術を導入しない選択肢も時には必要なのだろうか。