メモ帳

某社会科教員です

ハッキング『何が社会的に構成されるのか』を読み終わりました

読み終わったのでメモ。

 

抄訳だけど、省かれたのは各論の部分で、これは興味を持ったら原著を読めばよいという感じ。とても読む気はしない。英語は難しそう。

第1章は前に書いたような、社会的構成を扱う上での注意や基本概念の概論。新たな分類により、分類された人が影響を受けるし、その分類によって社会制度も変革されるし、同時に分類それ自体も新たに影響をうける。新たな分類を生み出すような社会状況を「マトリックス」と呼びねそのマトリックスの中で、「分類」と「分類されるもの」の相互作用がある、などなど。すっきりしていて面白かった。

第2章は「多すぎるメタファー」。

構成主義の源流としてカントを引き合いに出し、その他、ラッセル・カルナップ・クーン・グッドマン・ブラウワーという、構成を問題にする哲学者たちの考えと相違を取り扱っている。ハッキングが、ギャリソンという人の言として、クーンとカルナップは共通点が多く、お互いにそれを意識していた、というのが興味深かった。哲学史に疎くて、カルナップとクーンは別の時代の人ってイメージがあったので。

第3章は「自然科学はどうなのか」。

 まず、ピカリング『クォークを構成する』が取り上げられる。ピカリングは、クォークそれ自身を構成物と考えているのではなく、その観念が構成されたと見なしている。そして、クォークという観念の出現は不可避ではなく、加速器を必要としない想像上の科学を考えることは可能である、つまり、実験機器は「古い物理学」のまま「成功している」ような、「新しい物理学」のオルタナティブは存在しうる、という主張。なお、「成功」が意味するのは、ラカトシュが提起するような前進的なプログラムをとりあえずは意味する。

 その後、構成主義者とそのアンチとの論争点を「偶然性」「唯名論」「安定性の説明」という3つの点から説明する。おもしろかった指摘としては、ポパーやクーンの研究は、科学史的に例外的な時期の産物であり、物理学の一大変革の時期に研究してたから、科学を基本的に不安定だと考えてしまったのかも、という指摘。もう物理学の大変革は起こらないのだろうか。起こって欲しいような。

第4章は「狂気―生物学的かあるいは構成されるのか」。

 パトナムの引用がまず印象的だった。言語や生活様式の発展に伴い、私たちは実在についての考えを絶えず改訂していくし、そうせざるをえない、という内容だったと思う。やっぱり、固定的で永久不変の何かを探究するというより、常に変化の可能性を受容しつつ、その都度の信頼できる道具立てでそのときの最善の帰結を得ようという態度が好きだ。

 ADHDや精神薄弱、統合失調症、小児自閉症といった概念の歴史をたどり、その概念が変遷してきた過程を追うのは面白かった。「ループ効果」という概念も興味深かったので、覚えておこう。自分がある仕方で分類されていることに自覚的であることで、行動を変えて、その分類にあたる人間にあてはまるはずの事柄が偽になってしまうということ。

 また、病気や障害について、病因となる遺伝子を特定して固定指示子を用いることの問題点を示しているという、マルガリートの論文とやらは、読んでみたい。生きているうちに。最後に、ハッキングが、意味論は自然言語の正しい記述じゃなくて、目的に応じて自然言語を人為的に解釈する仕方だ、という言い方は、実質的に意味するところをうまく捉えられてはいないのだけど、おもしろそう。

第5章は「種類の制作―児童虐待の場合」。

 SRAというのを初めて知った。そんなこともあったのですね。グッドマンの世界制作なんたらというのは、あまり興味がなかったけれど、ほんのちょっぴり興味が出てきた。生きているうちにやる気になったら読んでみよう。

 まあそれなりに面白い読書体験だった。ハッキングの精神病理に関する研究は、もう少しきちんと追ってみたいかな。それ関係だと、あとレイチェル・クーパーか。