NHK『福島第一原発事故 7つの謎』

NHKスペシャルのシリーズだった『メルトダウン』の取材班による、福島第一原発事故の検証結果であり、NHKの取材力を駆使した優れた取材報告となっていると思う。

原発事故は、情報が錯綜していて、時間が経ってさまざまな検証を経ないと、適切な評価が難しいと思っていた。それゆえに、これまであまりこの事故を扱った本は読まなかったけれど、ある程度の時間が経って、綿密に取材と検証を続けたこの本は、この事故を知るにはおすすめできると思う。関連本を読んでないので、比較はできないけれど。

安全のための設計が、電源の完全喪失という想定外の事態でネックになってしまったこと、イソコンという緊急時の冷却装置の稼働の判断の仕方を現場の人が誰も知らなかったことなど、たとえば技術者倫理という観点からすれば、学ぶべきこと、教訓とすべきことが多い事故だが、私が文系で詳細を判断できないというのもあるが、私がもっとも印象に残ったのは、意思決定機関と現場の乖離である。

とりわけ、最終章のインタビュー記事は、印象に残った。本店の幹部や中央省庁の人間が、現場の苦労を理解しようともせずに、現場に無理難題を押しつけたり、現場の作業を混乱させるような頻度で連絡したりしていたことは、どの組織でも起こりそうな問題である。そんななか、原子力分野のトップの人物が、現場の作業者を信頼し、あえて連絡をせずに、現場の作業を尊重しようとしていたということは、とても重要なことだと思う。現場をよく知るということが、いかに重要であるかということの優れた例だと思う。

また、現場の状況が伝わらないために、疑心暗鬼が膨れ上がり、中央省庁が、東電の現場の人間が逃避しようとしていると判断し、自ら指示役を行おうとしたというのは、笑い話にもならない、とてつもなくひどい状況だったと考えてしまう。現場スタッフが、放射能の恐怖の中で、決死の覚悟で作業していたという報告を見るにつけ、いかに勝手な思い込みで、無駄な指示を与え、現場の状況を悪化させたかというのは、徹底的に検証されるべきだと思う。

もちろん、教訓として、現場の状況を逐一開示することの重要性も忘れてはいけない。当時の総理大臣が、わざわざ現場を訪れて、ベントしない理由を問うた際に、所長が現状を説明すると、解決は全くしていないのに、納得して帰って行ったという話がある。結局、未知のことは不安をあおる。特に素人に対してはそうである。たとえ素人には分からないだろうと思うことでも、情報を開示して、状況や判断の理由を示すことが、無駄な動きや混乱をなくすためには非常に必要なことだと思う。これは、特に自分が優秀だと思っている人間が、他の「一般人」に情報を開示すると混乱させてしまうという、不思議なエリート意識で情報を秘匿する傾向があることと密接に関連していると思う。実際は、逆のことがほとんどだろう。

この事故は、もちろん技術的にも相当に反省/改善につなげるべき事項が多いと思うが、やはり人間の問題が大きいと感じた。適切なコミュニケーションや判断、業務の分担など、人の判断傾向に関する知見をもとに、緊急時の対応の仕方を検討すべきだと思う。